ボクはだぁれ?
書く練習兼ねての読み切りです。
「あれ、ここは?」
ボクは、どこなのか分からない場所で浮かんでいた。
色んな色の四角いものや丸いものがあちこちに浮かんでいて、それに触るとヒンヤリスベスベでちょっぴり硬かった。
それ以外は真っ白で、壁や床、天井のようなものは見当たらない。
簡単に言えばボクは真っ白な宇宙、みたいな場所にいる。
どんな場所にいるのか分かったところで、どうしてこんなところに来てしまったのかを考える。
「うーん……」
考えてみるけれども、思い出せない。
すっぽりと、ボクについての記憶が抜け落ちていた。
名前も、何をしていたのかも、思い出せない。
でも、言葉とか知識は覚えている。それを基にボクは何者かを考えてみる。
ボクは服を着ていなくて、手足は五本指で薄いピンクの肌が右半分、闇のように黒い肌が左半分。人間なのかどうかは分からないけど、人の形をしているのは確かだ。
視線を股間に向けるが、光がまぶしくてよく見えない。その光に手を触れてみても光の中に吸い込まれるかのように体に触ったという感覚が無い。なんだろう、この光は。
「あ、あー」
声を発して聞き取ってみる。かわいらしい声だから、おそらくまだ子どもだ。
何者かを考えてみても、余計に謎が深まるだけだった。
そんな今のボクにできるのは、この空間を泳いで、浮かんでいるものを触ったり飛ばしたりすることぐらいだ。
何もしないことよりも、何かするべきだ。
「それっ」
丸いものを四角いものにぶつけてみる。
するとぶつかったところに火花のような光と闇が出て、不思議な空間が現れた。
「これは……世界!?」
不思議な空間を覗いてみると、色んな情報が入ってきた。
木々や草花、湖や海、火山や洞窟などの自然の情報に、そこで暮らす動物たちの情報、そして知恵を絞って暮らしている人間たちの情報。
ボクが知っている言葉でいう『世界』が、そこには広がっていた。
「ボクは、世界を創ったの? それとも世界を繋げたの?」
「世界をお創りになられたのですよ、神様」
ボクの疑問に、世界の中から白い翼を生やした天使のような人が現れて答えた。
神様って、ボクのこと!?
「衣類をお持ちしました、どうぞご着用を」
「あ、ありがとう」
いかにも古代な、神様っぽい服を着てみる。服は少しゆったりめの大きさだった。
頭用の輪っかを付けたところで、ボクは天使に訊ねた。
「キミは、誰なの? それで、ボクのことを知ってるの?」
「私は貴方に仕える天使です。名前はまだありません。私は貴方がお創りになられた世界で誕生し、この場所にやってきたのです。そして、貴方は神様……世界を創り出し、管理する世界神なのです」
「世界神!? こんなボクが!?」
「そうです。……しかし、おかしいですね。世界神ならば自分が世界神という自覚を持っているはずなのですが」
神様って色々知ってそうなイメージだから、ボクもそこは不思議に思う。
「あの、ボクは……自分の記憶が無いんだ。だから、ボクは元々世界神だったのか、そうじゃないのかも分からないんだ」
「そうでしたか。何かがきっかけで、自分の記憶を封印してしまった可能性が高いと思われますが、どうしますか?」
「どうしますかって……どうするの?」
「記憶、取り戻しますか?」
「えっ……! できるの!?」
「はい。神様の次に色々できますから」
記憶を取り戻してくれるのはありがたい。
早速、取り戻したいと思ったけれども、一つ引っかかることがある。
天使の言葉が正しいのならば、ボクは何かがきっかけで記憶を封印してしまっている。そのきっかけが自分にとって嫌なことだったら、嫌な記憶も蘇ってきてしまう。果たしてそれはいいことなのだろうか。
「迷っておられますね?」
「うん、記憶を取り戻していいのかどうか分からなくて……」
「私としては、世界神としての記憶が無い状態では仕事に身が入らず苦労すると思われるので取り戻してほしいところですが、無理にとは言いません」
「……もう少しだけ、様子を見てもいいかな?」
「はい、貴方がそう仰るのなら」
こうしてボクは、しばらく記憶が無いまま世界神としての仕事をすることになった。
天使に世界の仕組みを教えてもらいながら、創った世界が発展するように働きかけた。
天使が言うには、創った世界を発展させるのも滅ぼすのも世界神の勝手だそうだけども、ボクは創った世界を滅ぼすなんてことはしたくはない。我が子のように、大切に大切にしたい。
大切にしたいと言えば、親子だ。ボクは親子を見かけるとつい優しくしてしまう。なるべく危険な目に遭わないようにしたり、食料を置いていったりしてしまうぐらいに。
後は、創った世界には魔法と魔物が存在するようで、ボクが想像しているのとは違う文明が発達していって面白い。
天使によると、ボクがいるこの場所でも魔法が使えるようで、試しに念じてみたらあっさりと魔法ができた。神様パワーかもしれないけど、魔法が使えるのって楽しいな。
そしてある日のこと、創った世界に危機が訪れた。世界の外から侵略者が現れたのだ。
まだ魔法の技術が未熟な世界では侵略者に勝てる可能性がほとんどなく、国単位で次々と侵略者の領地にされていった。
ここは、神の力で侵略者を!
「いけぇ!」
侵略者を人差し指で突く。すると、侵略者は一瞬で粉のように砕け散った。
こうして危機は去った訳だが、対応が遅れてしまったのを悔やんだ。
悔やんだところで、天使がアドバイスをくれた。
「時間を戻してルートを変えれば、侵略者の存在自体を無かったことにできますが、どうでしょうか」
「ルート?」
「例えば、世界に結界を張るなどの変更点を加えるのです。この場合は侵略者が来なければ、何も起こらなかったのですから」
「なるほど……やってみよう」
時間を戻し、世界を覆うように結界を張る。
よし、これで一安心だ。
「まさか世界の外から侵略者が来るなんて。最初から教えてくれれば良かったのに」
「私はてっきり、貴方の予知能力で予知していたと思っていたのですが……。これも記憶が無いために生じた弊害なのでしょうか」
「えっ、そんな能力があったの!? ……そうだったんだ」
このまま記憶が無いままだと、何かと不便だ。ボクの力不足で世界が滅ぶ可能性だってある。
だから、ぼくは決意した。世界のために、自分の記憶を取り戻すと。
「お願い、ボクの記憶を取り戻して!」
「承知しました。それでは、こちらへ……」
ふわふわと泳いでやってきたのは、何もない場所だった。
「記憶の封印を解くのは簡単ですが、それによって起こる貴方の暴走の可能性を考え、何もない場所に移動していただきました」
「暴走……そんな物騒なこともあるかもしれないんだ」
それを聞いてちょっと怖くなった。そんなことが起こらなければいいのだけれど。
「それでは、開始します。……っ!」
天使はものすごい目つきでボクに力を送る。なんだか、心を覗かれているような感覚がする。
心の奥底から力が湧いてくる。心が、解き放たれる。
ボクは、思い出した。
「……あっ、あああっ」
最初に思い出したのは、お母さん。ボクの、お母さん。たくさんの、ボクのお母さん。
かつてのボクは、お母さんに抱かれたまま、死んでしまった。
ある時のボクは、テロに遭った時にお母さんを守って死んでしまった。
あの時のボクは、お母さんとケンカしたのをキッカケに交通事故に遭って死んでしまい、後悔した。
昔のボクは、親という存在を知らなかった。ただ、魂が浮かんでいただけだった。
ボクは、寂しくて泣いてしまった。すると、魂がぐるんぐるんと回って、人間の体の中に入っていった。
そこから、何度も何度も親の愛情を求めて生まれ変わってきた。けれども、結局はどれも親よりも早く死んでしまった。親に恩返しもできないまま、死んでしまった。
いつからか、もうすぐ自分が死ぬという予知が起こるようになり、それが分かるとボクは遺書を書いたり保険をかけてもらったりしていた。
それでも、親よりも早く死んでしまうという苦痛からは逃れられず、ある時思ったんだ。
「死なない命が欲しい」
って。
結論から言えば、ボクは死なない命を手に入れた。でもそれは神になるということで、親の愛情と引き換えだった。
二度と親に子どもとして会えなくなってしまったボクは、それが嫌で嫌で仕方が無かった。
親の愛情を忘れられないボクは、全て忘れてしまいたいと思った。全て忘れれば、苦しみから解放される。そう思ってボクは記憶を封印した。
消すんじゃなくて封印にしたのは、万が一、ボクが親の愛情を貰えるようになったら解き放っておこうと思っていたからだ。結局それも叶わなかったけど。
ああ、愛情が、親の愛情が、欲しい。
「……なるほど、そういうことでしたか」
天使がボクの記憶を読み取る。
「貴方は少々特殊な世界神のようですね。本来は世界神として生まれてきたようですが、何かの手違いで魂だけになってしまった。そして誰もいない場所で泣いたことにより、貴方の魂は異世界へ飛び、人間の中へと入っていった。けれども、不思議なことに親よりも早く死んでしまう。そのせいで貴方は再び世界神に戻り、苦しみから逃れるために記憶を封印した、といったところでしょうか」
「ボク……最初から神様だったんだ」
「通常、世界神は完全な状態で生まれてくるはずです。それが不完全な状態で生まれたとなると、貴方は創られた存在ということになります。つまり……」
「つまり?」
「貴方には創造主……親がいることでしょう」
「えっ!?」
「貴方の力なら、親がいる場所へ行くことが可能なはずです」
「ボクの力で……」
ボクに親がいる! それだけでボクは嬉しかった。
でも、できるのならば会いに行きたい。なので早速、力を使うことにした。
「うぅう!!」
空間を捻じ曲げて、木の扉を出現させた。
この扉の向こうに、ボクの親が!
「……行くよ」
「はい」
ボクはそっと、扉を開けた。
扉の先に広がっていたのは、闇。白い空間から見ると一層暗く見える闇の世界だった。
その先に、赤く光る目のようなものが見える。
「お母さんっ!!」
ボクは思わず、そう叫んで闇の世界へと向かっていった。
すると赤い目も白い世界に近づいていき、ボクとぶつかった。
白い世界からの光で見える。ゴツゴツとした蛇のような体に、何本もの足が生えてきている。
怪物だ。
怪物は、ボクに向かって大きな口を開いた。その口は段々とボクの頭に近づいてくる。
「そこまでですっ!」
天使が、とっさに光の弾を怪物に向かって撃つ。
「ググァァアアアガァァッ!!」
怪物は光の弾を受けて、苦しみだす。
「神様、こいつは神を食べる怪物です。貴方が生まれたのは、貴方を食料として作り出したからなのでしょう」
「!?」
声にならない驚き。
ボクが欲しいと思っていた親は、親の愛情は、何だったのか。
でも、でも。これは、愛だ。
「こいつに飲み込まれると、永遠に闇の中を彷徨うこととなります。私が即刻退治いたします」
「待って……」
「神様……!?」
天使はボクの心を読み取ったのか、驚いている。
「ボク、このまま親に食べられることにするよ。それが親の愛情なら、仕方ないから」
ボクはささっと親の前へと近づいていく。
ボクは食べられるために生まれてきた。それだけで、食べてくれるという愛だけで、ボクは十分だ。
「お待ちください! 神様……いや、私にとっての親!」
天使が目の前に現れ、止めに入った。
「貴方は、私……いや私たちのことを考えないのですか! 私の、貴方がお創りになられた世界の唯一の親は貴方なのですよ! 貴方がここで怪物に食べられたら、悲しむのは私たちなのですよ!」
「あっ……」
ボクはすっかり忘れていた。ボクには子がいたことを。
ボクが子の立場になったとして、親がいなくなったら深い深い悲しみに包まれてしまうだろう。
そうだ、ボクはもう親に甘えているボクじゃないんだ。子どもという責任があるんだ。
「……ありがとう、おかげで目が覚めたよ」
ボクは天使をそっとどかし、親の前に改めて立った。
親は苦しみながらも、ボクを食べようとしている。
「愛してるよ、お母さん」
ボクは優しく、親を元の世界へと帰した。
扉は閉じられ、無の力によって消えていった。
もう、同じ空間への扉が作られることはないだろう。
こうして、ボクの記憶と愛情を巡る小さなお話は終わった。
これからボクは世界神として生きていく訳だけど、今までの経験は無駄にはならないと思っている。
人間として生きてこれたこと、親からの愛情を貰えたことを、今は感謝している。
そして、これからもそれを大切にしようと思う。
今度は、ボクの大切な子どもたちにありったけの愛を、注ぐ番なんだ。